講談師
太平洋という男
1973年6月13日、大阪府箕面市で元気な産声を上げた男の子、名前は吉松洋一郎。これが後の「講談師
太平洋」です。 この吉松青年が17才になった頃、尊敬しているマイケル・ジャクソンの自伝「ムーンウォーカー」に、「最も優れたエンターテイメントは、ストーリーテラーだ」と書いてあるのを見て、講談師になる事を決意した。
1991年9月1日、上方で唯一の講談一門「旭堂」の門を叩き、旭堂小南陵に弟子入り。旭堂南太平洋となる。
1994年、子供時分から好きだった競馬を題材にした「競馬講談」を開拓し日本で唯一人の競馬講談師として活動。以後、競馬場等の競馬イベントに多数出演している。また、1996年から開催している「競馬講談会」をG气戟[ス前に行い、JRAから贈られる「馬事文化賞」受賞を目指して、競馬実況とのコラボレーション「競馬講談コラボ」を確立した。
その他にも1994年にはブルガリアでの海外公演。ETV「ストレッチマン」、NHK朝ドラ「やんちゃくれ」、CS「食べたいな、行きたいな」、ラジオ関西「JRAホットジョッキー」にも出演していた。
現在は、KBS京都「日曜競馬中継」のメインキャスターや、MBSラジオ「ウイニングラン」などのメディアでも一応、活動している。
勿論、歴史(古典)講談の活動も、「能勢座」「武庫川講談会」を主催して、創作講談「吉良の忠義」や「義経の幼少期」など多数の物語を披露。その他にも、人物伝をはじめとした、現代物も創作している。
また、講談、落語、能、狂言、文楽などの古典芸能コラボレーション集団「風流(ふりゅう)」のメンバー。
2005年1月旗揚げをした「エンタメ集団DO IT!」では座長を務める。
そして、2005年9月1日、14年間名乗った旭堂南太平洋という名前にわかれを告げて、「講談師
太平洋」と改めて独立し、講談会初の屋号のない講談師となった。
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【趣味】
競馬、映画、新聞購買、野球観戦(勿論、阪神ファン)、大衆演劇、WWE
【創作講談】
競馬講談 吉良の忠義(忠臣蔵) 傷心の沖田(新撰組) ジョディ・フォスター物語
この他にも歴史、現代人物講談も多数あり
【講演テーマ】
「若手芸人の生き方」 「講談健康人性」など
【やってみたい仕事】
声優・ナレーション テレビ・ラジオでのキャスター 競馬や映画の雑誌、新聞への執筆 |
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